徒然なる随筆

3.スポーツカーって・・・

 既に何回も書きましたが、スポーツカーは人(主に男の子)が本来持っている動物的な躍動本能を満たしてくれる道具です。
 社会的な束縛から解放されて一匹の獣に戻り、より速く、より力強く、より軽快に躍動できるひと時を共に過ごしてくれます。

 『本能的な欲求を満たす』といっても、欲求レベルは人それぞれですから、求められるスポーツカーも多くの種類に分かれます。

 代表的な例だと、
a)比較的長距離をまっすぐ気持ちよく飛ばすのが好きな人(高速巡航ならポルシェやV12マシン)
b)峠の小さなコーナーをリズミカルに駆け抜ける人(軽快なフットワークといえばロータスなど)
c)ストイックに限界を極めようとする人(サーキットランといえばチャレンジなどモディファイ車)
d)多くの人に自分の見事な毛艶を見せるのが好きな人(存在感といえばランボルギーニ、ベントレー)
e)おもちゃのように弄りつつ走るのが好きな人(ミニ、ジネッタやトミーカイラなど)

 などなど・・・人の欲求は千差万別です。

 狭義でいうと、
 a:グランドツーリングカー、b:ライトウェイトスポーツ、c:レーシングレプリカ
 d:スーパーカー、e:コーチビルダー
 って言うところでしょうけど、全てスポーツカーだと思っています。

 これらの欲求は多種多様ではありますが、ただ1つ共通点があります。
 それはどのタイプも『生活に必要なものではなく、持ち主の趣味嗜好品である』ということです。
 どれも強烈な個性を放ちますから、持ち主の人生観を代弁するほどのパワーを持った趣味嗜好品です。
 これは、『静かで広く、沢山荷物がつめて便利』という実用車の価値観とは全く異なる概念です。

 女性に判り易い例で言えば、出かける時に小物を入れて持ち運ぶ機能なら、エコバッグやコンビニやスーパーの袋でも事足りるはずですが、ルイ・ビトンのバッグが欲しくなる。
 100円ショップで売っている紙袋は機能的ですが、シャネルの紙袋の方がず〜っと嬉しい。(⌒‐⌒)

 このように道具としての機能を超越した価値観を持っていて、その持ち主に対する印象さえ左右する道具として存在するもの、そうスポーツカーとはブランドそのものです。

 使い勝手や便利機能を追及して行くと優れた道具としての価値しかなくなり、市場が成熟すればどの商品もソコソコ良いものになっており安くないと誰も買わない商品群になっていく。
 しかし、スポーツカーは優れた道具とは違い『本能が震える感動を与えてくれる道具』です。
  (当然、車としての基本機能を失ってはダメですが。。。)
 値段を高く設定していてもスポーツカーが売れるのは、そんな値段とは代えられないほどの、魂が震える感動を私達に与えてくれるからです。

 今のように物が売れない時代に勝ち残るには、お客さんに選んでもらえる為に『どれだけ感動を与えてリピーターになってもらえるか』と言う視点が大切だと思うんですが、日本の自動車会社は皆スポーツカーの生産を辞めてしまいました。
 多分『数が売れない』とか、『作るだけの技術力が無い』とか理由はあると思いますが残念です。
 もともと現代は高齢化少子化でドライバー人口が減っている上に、発展途上国の参入で供給能力過多になった市場です。
 更に今の車は皆壊れない同じような物ばかりだからスポーツカーに限らず数を売れる時代じゃないのにね。
 ブランドとして会社の印象をも左右するパワーを持った存在、こんなに判り易い分野を自ら切り捨てるなんて、値段が高くても売れるブランド車は輸入外車の独断場になりそうですね。


 書いていて思うのですが、V8フェラーリって上の欲求全てに当てはまるんですね。
 何にしても、好いよねースポーツカーって。




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